33歳、女性、陣痛促進剤を使用して即出産した話
現在33歳、2児のママです。
2人目は早く生まれるとよく言われていて、わたしは予定日が近づくたびに、陣痛がもう来るかもしれないと思ってソワソワしていました。
一人目にはなかった前駆陣痛があったからかもしれませんが、一人目よりも落ち着いていなかったと思います。
その日は上の子供を寝かしつけ、いつものように寝ようとした時でした。
お腹に軽い痛みが出始め、また前駆陣痛かなと思いながらも時間を図ると、おおよそ15分おきと規則正しい状態。
これは本物だと旦那に伝えました。
2人目なので、10分間隔になったら病院に電話するように伝えられていましたが、陣痛は12分置きで止まったまま。
けれども痛みは徐々に強くなっていって、そろそろ病院に行かなければ動くことも難しくなりそうでした。
長男が寝ていたのですが、旦那も病院に行くということでわたしの親と一緒に行き、病院へ。
そのまま部屋で様子を見ることになりました。
わたしは1人目を産むときは、最後のギリギリまで10分から7分間隔で、とてもゆっくりした子でした。
なので2人目の時も陣痛の間隔が短くならなくても、時には15分と空いてしまっても、これは産むときが近いと確信していました。
深夜でしたが、痛みを耐える状態のママに、子供がよしよしとお腹を撫でてくれたことはとても嬉しかったです。
その時旦那は寝ていたので、逆じゃないかと心の中で突っ込みを入れました。
朝を迎えても、友達とメールを打てるくらいには余裕があり、旦那は仕事へ、子供も幼稚園へ。
子宮口は7センチと開いていて、母がそばについてくれていたのですが、陣痛の間隔は一向に短くならず。
昼前についに看護師さんから陣痛誘発剤を使うかを聞かれました。
前にも述べましたが、わたしの1人目の時は陣痛の間隔が7分から10分間隔と短くなりませんでした。
そのせいで20時間という長い出産時間が続いていて、今回もそれだけ続いてしまうと、幼稚園から帰っていてもまだママは陣痛中。
それではかわいそうだと思い、陣痛誘発剤を使用することを決めました。
点滴を始めて、母はお昼ごはんを買いに出かけ、その直後からとても強い陣痛が。
分娩室に行くのも辛い状態になり、どうにかこうにか分娩室へ。
分娩台へ上がったときにはすでに赤ちゃんの頭が出ていたようで、看護師さんがとても慌てていたのを覚えています。
その後はとても早く、赤ちゃんを出産。
誘発剤を使ってから30分以内の出来事です。
子供が返ってきたときにはすでにわたしの状態も落ち着き、笑顔で迎えれたので良かったです。
陣痛が弱いわたしにとって、今回陣痛誘発剤を使って、本当に良かったと思いました。
41歳女 予定日を過ぎたら色んなことに気を遣わないと!
結婚8年目にして、今年40で男児を出産しました。
既に41になり、体力的に子育てに日々疲れております。
昨年末が出産予定でした。
が、予定日を過ぎても陣痛が来ないため、美容院へ行ったり料理をしたり、落ち着くことがなく過ごしておりました。
大晦日、何の連絡もなしに友人が家族で訪ねてきました、1歳10ヶ月の子供を連れて。
その時に何も考えずに、その子を抱っこしたのが悪かったようで、破水したようでした。
私の聞いていた破水は、おしっこを漏らしたようになるというものだったので、その時に破水をしたことに全く気付きませんでした。
紅白歌合戦を観て、寝ずに年越しと思っていたのですが、少しづつお腹が痛くなるのが判り、時計を何度も何度も見て、お腹が痛くなる感覚を計り…。
途中、病院へ電話。
でも、結局もう少し様子を見て!
朝になり、再度病院へ電話を入れ、元旦早々に病院へ向かいました。
さあ、いざ出産!と思いきや、子宮口が開いているか確認してもらうと、破水していることが判明。
とりあえず、陣痛室へ。
陣痛の間隔が出産できるまでに狭くなることはなく、元旦が過ぎて行きました。
陣痛が収まる時は、大イビキで眠っていたようですが…。
翌2日。
まだ出産に至らないため、促進剤を打ってもらうことになりました。
促進剤を打ちながらしはらくすると、赤ちゃんの動きが弱くなってきているので、緊急帝王切開に切り替えます!と。
陣痛に28時間耐えて、結局は切開?え?ホント?が私の気持ちでした。
そこからは、バタバタと過ぎていきました。
剃毛されて、手術室へ。
麻酔わ打たれて、背中にカテーテルを通されて…
気付けば、血まみれの小さな生き物が目の前に!感動している間も無く、女医さん2人が私のお腹を閉じていくのが分かりました。
「え?先生は、お休みの日はお母様と?へー」「さすが、先生」「そんなことないですわ、オホホホ…」何の会話だかよくわかりませんが、女医さん2人の楽しそうなこと。
私は、陣痛は痛かったし、麻酔も痛かったしで、赤ちゃんにはチラリと会っただけでした。
しばらくして病室に戻りながら、話を聞くと、私は羊水がだいぶ減って濁っていたこと、赤ちゃんは臍の緒が首に巻きついていたことを知りました。
ダメと言われていることは、忘れずに守らないといけないなぁと思いました。
そしたら、友達の子供を抱っこすることもなかったはずなので。
32歳女性、出産から産後まで難関ばかり
私は昨年出産したのですが、32歳で初産でした。
妊娠中は経過良好。
一時は逆子になり、計画帝王切開かもとなりましたが、タイムリミットギリギリで正常位に戻ったため、普通分娩で出産を予定していました。
明け方に陣痛が始まり、朝には10分間隔になったため病院に向かい、そのまま入院となりました。
初産なので時間がかかるだろうとは思っていましたが、何時間経っても子宮口が開かず、結局丸1日経っても産まれませんでした。
朝になり、もういい加減に出て来てくれ…とヘバり始めた時、急にお腹につけたモニターからアラートが鳴り出しました。
直ぐに看護師さんに来てもらい、確認してもらいました。
「子供が動いて計測不能になったのだろう。
心配ない」とのことでしたが、そのあと1時間もしない内にまたアラートが鳴り響き、気になるから分娩室でモニター取ろうと言われ、不安な気持ちのまま部屋を移動しました。
元々、入院した際に高位破水の疑いがあったので、もしや子供になにかあったのでは?と、とにかく怖くてたまりませんでした。
移動してからもアラートが2度鳴り響き、医師が駆けつけモニターの経過を確認したところ、「陣痛のタイミングで赤ちゃんが酸素不足になり苦しんでいる。
このままだと危ない。
緊急帝王切開にしましょう」と告げられました。
その瞬間、やっぱり破水してたんだ。
どうしよう子供が感染症になってたら。
元気に育ってたのに、上手に生んであげられないせいで障害児になったとしたら、私どうすれば…というとてつもない不安や恐怖と共に、35時間近く陣痛に耐えていた身としては助かったという気持ちが織り交ざり、もうとにかく助けてくれ!という色んな感情が一気に私の頭を駆け巡りました。
いざ手術が始まり、やっと助かると安心した気持ちになれたのも束の間。
今度は手術で出血したため、体がどんどん冷えて顔や手足の震えが止まらなくなり「え?私、死ぬ?」という恐怖に襲われました。
そんな中、子供の産声が聞こえ、「あぁ、子供助かった…助かったから、お願い私も助けて!」と次から次へと気持ちはジェットコースター状態。
結局、手術は無事に終わり、やっとほっと安心出来たと思いきや、その後は後陣痛でお腹に激痛が走り、一晩中苦しんでいました。
漫画やドラマのように出産の瞬間だけ激痛に耐え、生まれたら涙しながら幸せな気持ちになるのだとばかり思っていた私は、まさか出産前から産後まで不安と恐怖に襲われ、産んだ後まで痛いなんて思いもしませんでした。
まさか、出産でこんなに恐怖を味わうとは思いませんでした。